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東京地方裁判所 昭和34年(ワ)7957号 判決 1963年1月22日

原告 国

被告 関東産業株式会社 外二名

主文

1、被告関東産業株式会社は別紙目録<省略>第一記載の不動産につき東京法務局葛飾出張所昭和三〇年一二月一三日受付第一四、〇八六号抹消された同月七日受付第一三、七〇一号所有権取得登記の回復登記手続をせよ。

2、被告小杉楔子は別紙目録第二記載の不動産につき前同出張所昭和三〇年一二月一三日受付第一四、〇八七号抹消登記をもつて抹消された同月七日受付第一三、七〇二号所有権取得登記の回復登記手続をせよ。

3、被告株式会社浅井商店は第一項の回復登記手続を承諾せよ。

4、訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

第一、申立

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、被告等各訴訟代理人はいずれも請求棄却の判決を求め、なお被告関東産業代理人は訴訟費用を原告の負担とする旨を申し立てた。

第二、主張

原告訴訟代理人は次のとおり陳述した。

(請求の原因)

一、別紙目録第一記載の不動産はもと被告関東産業株式会社(以下関東産業という)の所有として、同目録第二記載の不動産は被告小杉楔子の所有として、それぞれ登記されていた。

二、訴外小杉金属株式会社(以下訴外会社という)は昭和三〇年一二月七日被告関東産業から目録第一記載不動産を同日被告小杉楔子から目録第二記載不動産を各買受けその旨の所有権移転登記を了えた。

三、(一) 訴外会社は昭和三〇年一二月八日当時別紙滞納国税一覧表<省略>記載のとおり合計金百九十一万二千三百六十円の国税を滞納し、(その後昭和三四年九月二一日現在で別に金百四十七万六百七十三円の国税滞納を生じている)ていたので、原告の収税官吏である葛飾務税署長は、右国税徴収のため原告の所有となつた本件目録記載の各不動産を同日差し押さえ、東京法務局葛飾出張所同日受付第一三、七八〇号をもつてその旨の登記を経由した。

(二) 右差押処分は、原告が昭和三〇年四月九日、同年五月一三日の二回にわたり訴外会社所有の工場・社宅等を差し押さえたところ、同年一二月三日訴外会社代表者小杉利禎から本件各不動産に差押換を陳情され、その際、本件各不動産は第一項のとおり被告関東産業、同小杉楔子の所有になつてはいるが、実質は訴外会社の所有であると説明し、同月八日にはそのとおり訴外会社に所有権移転登記を行つたうえ、重ねて差押換を歎願してきた。そこで原告の収税担当の係官も、右の経過および訴外会社代表者小杉利禎は被告小杉楔子の夫であり、また被告関東産業の実権を握る取締役(事実上の代表者)でもあつたので、右の歎願を容れて、本件各不動産に差押換を行つたものである。

四、(一) ところが被告関東産業は目録第一記載の不動産につき、昭和三〇年一二月一三日受付第一四、〇八六号をもつて、被告小杉楔子は目録第二記載不動産につき同日受付第一四、〇八七号をもつてそれぞれ誤謬発見を理由とし第二項の訴外会社に対する所有権移転登記の抹消登記手続をなした。

(二) 而して、訴外商工組合中央金庫(以下商工中金という)は目録第一記載不動産につき被告関東産業との間の昭和三一年六月二三日付手形割引手形貸付証書貸付契約による根抵当権設定契約に基き、また目録第二記載不動産につき被告小杉楔子との間の同様契約に基き、それぞれ同月二九日受付第八、八八六号根抵当権設定登記を経由している。

(三) また被告株式会社浅井商店(以下浅井商店という)は昭和三三年五月二三日被告小杉楔子から目録第二記載の不動産を買受けたことを原因とする所有権移転登記を経由している。

五、しかしながら、前項(一)の各抹消登記は、登記簿上利害関係人であること明らかな原告の承諾書を欠いたままなされたものであるから不動産登記法第一四六条に違反し、原告に対抗できないものである。したがつて右抹消登記が有効であることを前提とする被告等の各所有権取得(復帰)および商工中金の根抵当権設定もまた原告に対抗できないものである。

六、よつて原告は訴外会社に対する国税の徴収を保全するため、同会社に代位し、請求の趣旨記載のとおり、被告関東産業、同小杉楔子に対しては、各抹消登記の回復登記手続を、同浅井商店に対しては右回復登記に対する承認をそれぞれ求める。

(被告等の主張に対する答弁)

一、訴外会社の所有権移転登記の抹消登記の申請は、原告の機関である登記官吏の過誤により受理されたものであることは認めるが、その余の主張は争う。

二、訴外会社代表者と原告の収税担当の係官との間で所有権移転につき通謀があり、原告が悪意の第三者であるとの主張は否認する。原告は真実訴外会社に所有権が移転されたものと信じて差押換の陳情を容れ、本件各差押処分をなした、善意の第三者である。

三、不動産登記法第六七条(旧第六五条)の承諾義務は、利害関係ある第三者の善意、悪意を問わず生ずるものと解すべきであるから、被告浅井商店の主張はそれ自体失当である。

被告等各訴訟代理人はいずれも次のとおり陳述した。

(請求原因に対する認否)

請求原因一、二の事実は認める、三の(一)の事実のうち原告の差押およびその登記があることは認めるが、滞納国税があることは否認する、たゞし、税法所定の再調査、審査等の請求を行つたことはない。三の(二)の事実のうち、本件各不動産の差押は、いわゆる差押換の結果としてなされたものであることは認めるがその余は争う。四の(一)ないし(三)の事実は認める、五の原告の承諾がないとの点は否認、承諾書が添附されていないとの点は不知。

(抗弁)

一、仮に原告が差押債権者であり、本件各抹消登記が原告(所轄税務署長)の承諾なくなされたとしても、それは同じく原告の機関である登記官吏の過失に基くものであるから、とりもなおさず、原告自身の重大な過失に基いたものというべく、原告が自らの過誤を棚にあげて被告等に対し本訴のような請求をすることは信義則上許されないものである。

二、仮に右主張が理由ないとしても、被告関東産業、同小杉楔子から訴外会社に対する本件各所有権移転登記は、訴外会社代表者小杉利禎が、妹婿である被告関東産業の代表者山本一郎および自己の妻である被告小杉楔子と話合のうえ、差押換をしてもらい、差押を解放された工場、社宅等を売却して滞納国税等を納税する目的で、仮装の売買に基き所有権移転登記に及んだもので、原告の収税官吏も右の事情を十分承知していたから、原告は悪意の第三者に相当し、その差押は被告等に対抗できない。

三、被告浅井商店はいずれも善意で係争各登記の原因となつた実体上の権利を取得したものであるから、仮に被告関東産業同小杉楔子の各抹消登記手続が原告の承諾を得ないでなされたとしても、その回復登記手続に対し承諾を与うべき義務はない。

第三、証拠関係<省略>

理由

一、原告主張の各登記の存在及び本件各不動産がそれぞれ原告主張のとおり被告関東産業、同小杉楔子の所有として登記されていたものであることは当事者間に争いがない。

二、被告等は訴外会社の滞納国税の存在を否認するけれども、成立に争いがない甲第一号証、第五号証、証人長沢義高、同関根重夫の各証言及び弁論の全趣旨を綜合すれば原告主張のような滞納国税の存在を認めることができ、当裁判所の措信しない証人小杉利禎の供述の一部を除き他にこれに反する証拠はない。

三、(一)、原告が右滞納国税徴収のため昭和三〇年一二月七日、当時訴外会社の所有名義になつていた本件各不動産を差し押え、その旨の登記を了えた(右差押は後述のとおり訴外会社の懇請によりいわゆる差押換として既存の差押を解除しこれに代つてなされたものである)ことは当事者間に争いがないところであるからこれによれば同月一三日になされた本件各抹消登記手続に関しては原告は不動産登記法第一四六条に規定する利害関係ある第三者に該当するものであることは明らかである。それゆえ本件各抹消登記の申請を受理するに際しては同条の規定により原告の承諾書または原告に対抗できる裁判の謄本を必要とするところ成立に争いがない甲第六、七号証、証人関根重夫の証言及び弁論の全趣旨によれば斯る書面を欠くにもかゝわらず誤つて被告関東産業、同小杉楔子の各抹消登記申請手続が受理されたことしかしながら所轄の葛飾税務署長もしくは同署の担当係官においてこのような承諾を与えたことはないことが認められる。証人小杉利禎の証言のうち右抹消に原告の徴税担保官の承諾があつた旨の供述は措信できず他にこれに反する証拠はない。

(二)、かえつて成立に争いない甲第五号証証人小杉利禎の証言の一部、同山本一郎、同関根重夫、同山崎正人、同長沢義高の各証言、被告小杉楔子本人尋問の結果および弁論の全趣旨を綜合すると、訴外会社は、昭和三〇年一二月二日付の書面をもつて葛飾税務署長に宛て、当時滞納国税の徴収のため差押を受けていた訴外会社の工場等を換価処分し、会社の再建を図るため本件目録記載の各不動産に差押換されたい旨を陳情し、その際、本件各不動産は、被告関東産業ないし、被告小杉楔子の所有名義になつてはいるが、被告関東産業の代表取締役は小杉利禎の妹婿、被告小杉楔子は利禎の妻で、本件各不動産は実質的に訴外会社の所有でありいつでも訴外会社に名義変更できる旨を説明し、同月七日その言のとおり訴外会社に所有権移転登記をなしたこと、そこで葛飾税務署の係官も訴外会社代表者の小杉利禎と右被告等との身分関係、および小杉利禎が被告関東産業の事実上の代表者のような実権を握つていること等から右所有権移転登記にそう権利の移転があつたものと判断し、差押換の陳情を容れ、同月八日そのための手続を執つたこと、被告関東産業も本件目録第一記載の不動産を訴外会社の差押換のため訴外会社が滞納国税を完済するまでとの約束で所有権移転登記をすることを承知し、また被告小杉楔子は、本件目録第二記載の不動産の管理処分等を夫の利禎に任せており、訴外会社に所有権移転登記がなされたことも利禎から聞かされたが、いずれ同被告名義に戻されるというのでそのまゝ容認していたことが認められる。これに反する証拠は措信しない。

(三)、それゆえ仮に被告関東産業、同小杉楔子がいずれも真実訴外会社に所有権を移転する意思を有しなかつたとしても、右のように所有権移転の登記をすることまで承諾しこれをなさしめた以上は、第三者にあたる原告が悪意でないかぎり、通謀虚偽表示を理由にその無効を主張し得ないものであるところ被告等の全立証その他本件各証拠によつても原告すなわち葛飾税務署の係官がこの点について悪意であつたとは認められずかえつて前示(二)の認定に供した証人関根重夫、同山崎正人、同長沢義高の各証言に照らせば前示のとおり原告は少くとも差押換のため各被告において訴外会社に所有権を移転することを承諾したものと信じていたことは明らかであるから民法第九四条第二項の適用上は善意の第三者に該当するものと解すべく、移転登記手続の便宜上その登記原因を売買と表示したからといつて右の結論が左右されるものと解すべきではないから、被告等のこの点に関する主張は採用しない。

四、右のように訴外会社と被告関東産業、同小杉楔子との間の各所有権移転登記を原告との関係で適法に抹消できるような錯誤その他の実体上の原因があつたことを認むべき証拠は他に存在しないし、かえつて被告小杉楔子のごときは右抹消登記手続をするについても何等関知せず後日夫の小杉利禎からこれを聞き知らされたに過ぎないことは同被告本人尋問の結果に明らかなところであり、これから推し測れば差押換から抹消登記に至る一連の所為は訴外会社代表小杉利禎の計画的な行為ともみられる節があり、少くとも前述のように被告等の立証その他本件各証拠によつても右被告両名が登記の抹消を原告に対抗できる理由はとうてい見出し得ない。

五、(一)、このように抹消登記の申請が不動産登記法第一四六条の規定に違反して受理されたため自己の登記簿上の地位に不安を生じた第三者がある場合に、その抹消が斯る第三者に対抗できる実体上の原因を有しないときは右第三者は抹消登記義務者に代位して抹消に係る登記の回復を求め得るものと解するのが相当である。

(二)、もとより回復登記の制度は本来、登記の抹消が実体法上もしくは登記法上不適法なものであつた場合に認められる救済方法であるから、訴外会社と被告関東産業、同小杉楔子との相対的な関係ではいずれも瑕疵のない合意に基いて抹消登記に及んだ以上いまさら訴外会社から回復登記を訴求し得ないものではあるけれども、利害関係者たる原告との関係では抹消が不適法なものであることは明らかである斯る第三者たる原告が自己の登記簿上の正当な地位を確保するために抹消に係る登記の回復を求める関係ではなお回復登記請求権を肯定すべきものと解するのが相当である。このような場合に第三者が直接自己の名をもつて回復登記を請求する方法も一応考えられるけれども、元来回復登記は、抹消登記の際の登記義務者が登記権利者となり、抹消登記の際の登記権利者を登記義務者として行われるものであつて、しかも不動産登記法上登記は少くとも登記権利者の申請によらねばならない(同法第二六条、第二七条)のが原則であり(同法第二五条)同法第三五条、第三六条の規定に照らしても登記権利者と登記申請者とは一致すべく両者が異る事態は予想されていないものと解されるから、右の見解のように第三者に固有の登記請求権を認める立場は登記権利者との乖離を生じ現行不動産登記申請手続の基本的な考え方と調和しないところがあると考えられるので採用し難く、当裁判所は前示(一)の立場によるを相当とするものである。

六、次に回復登記に対し利害関係を有する第三者である被告浅井商店の承諾義務について判断する。

(一)、一般に登記によつて生じた物権の対抗力はたとえ後に登記が不法に抹消されたからといつて当然には消滅しないことは判例上確立された理論であつて、本件のように滞納処分として不動産の差押の効力(ただし差押通知書の送達があつたことが前提である。)についてもこれと同様に解するのを相当とするところ、本件では原告の差押の登記は抹消されないで依然として登記簿上に存在している(成立に争いない甲第二ないし第四号証で認められる)からなおのこと原告は本件差押の効力を被告等に対抗できる筋合であり、このように実体上その権利を対抗される第三者は回復登記手続に承諾を与えなければならない立場に置かれているものと解するのが相当である。

(二)、右の点に関し被告浅井商店はいずれも善意の第三者であるから承諾義務を負わないとの見解を主張するけれども、原告の差押の登記が現存している以上は原告の権利の存在は完全な形ではないにしても(滞納者の所有権取得の登記が抹消されているから)一応公示されており、通常問題となる不当抹消とは著しく事情を異にするところであつて、被告が回復登記によつていわゆる不測の損害を蒙るものとは言えないから、たとえ被告が善意であつたとしてもその事実は本件においては何等(一)の判断を左右する資料とならないものと解すべく、右の主張は採用できない。

(三)、なお、このように被告が回復登記に承諾を与えるとなるとその経由せる、所有権設定登記は一旦抹消されることになるけれども、それによつて右被告が取得した実体上の権利が消減(喪失)するわけではないから、同被告はあらためて被告小杉楔子に対し、もしくは、上記被告の前主である訴外会社に対し実体上の権利にそう登記をそれぞれ請求できることは言うまでもない。

(四)、被告等は登記官吏の過誤は即ち原告国の過失と解すべきであるから、原告が自己の過失を棚上して回復登記を請求することは信義則上許されないと主張するけれども、今日のように国家の機能が複雑多岐にわたり、これに対応して行政組織もそれぞれ截然と区分されるに至つている現状にあつては、国の法主体性は多面的に発現し得るものと解すべく、例えば税務署長の過失が当然には文部大臣の過失にならないのと同様、本件登記官吏の過誤をもつて直ちに国税滞納処分として差押の効力を回復する本訴原告の過失と目するのは妥当でなく、被告等の主張はその前提において失当であるのみならず斯る過失が直ちに信義則上本訴請求を不当ならしめるものと解すべき根拠に乏しいから採用しない。

(五)、また、被告等は被告関東産業、同小杉楔子から小杉金属への所有権移転行為は原告国の収税官吏と訴外会社代表者小杉利禎とが通謀してなした虚偽のものであり原告は悪意の第三者に該当すると主張するけれども、すでに前記三に認定したとおり原告は善意であつたと認められ、これに反する被告等の右主張を認むべき的確な証拠はなく証人小杉利禎の証言のうちこの点に関する部分は措信できないものであるから、右主張も排斥を免れない。

七、以上説示のとおり原告の被告等に対する請求はいずれも理由かあるからこれを認容すべく、訴訟費用につき民事訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 滝田薫 山本和敏)

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